もうひとつの万物理論

重力は張力の反作用であるという事実から宇宙の仕組みを考える

3 物質に張力が働いている証拠と具体例

 

3-1:張力と重力の働きによって、流動体は自ずと球状になろうとする

 言うまでもなく、物質は、それを構成する粒子(分子又は原子)の集まりと考えられていて、温度によってそれらの結び付き方が変化します。

 その物質を構成する粒子が、形状が固定される形で強固に結び付いた状態を「固体」、形状が固定されず、容易に脱着する程度に緩やかに結び付いた状態を「液体」又は「流動体」、完全に結び付きを解かれながらも密集している状態を「気体」であるとします。

 中でも流動体は、それが存在する場所に働いているあらゆる力の影響を受けながら容積や形状を常に変化させるため、その状態から、その場所に働いている力を「見る」ことができます。

 物質は、その絶対的な容積なりの張力によって、常に空間ごと引き伸ばそうとされ、その物質を構成する粒子同士の結束力や内外の圧力の影響を受けながら、それに抵抗しています。

 そして、張力によって、その中心からあらゆる方向へ向かって空間ごと引き伸ばそうとされながらも引き伸ばされずにまとまっているとき、あらゆる方向からその中心に向かって空間ごと引き戻そうとする作用である重力が自ずと働くことによって、張力との均衝は保たれ、その状態は安定します。

 さらに、その物質が流動体である場合、あらゆる方向からその中心に向かって空間ごと引き戻そうとする重力の働きによって、自ずと球状にまとまろうとします。

 

 当然、地球上に存在する全ての物質やその集まりにも、各々の絶対的な容積なりの張力(重力)が働いています。しかし、地球の絶対的な容積なりの圧倒的な重力の働きは、そこに存在する物質を、各々の絶対的な容積なりの強さで地表に引き付け、押し潰そうとします。そのため、その物質の絶対的な容積が大きければ大きいほど地球の重力の影響を強く受けることとなり、その物質自体の張力(重力)は影を潜めてしまいます。

 逆に言えば、張力の働きは、流動体が地球の重力から解放された時に「見る」ことができます。

 例えば、恐らく海水は、あの膨大な容積のまま、それだけでまとまっていることはできないでしょう。海水は、地球の絶大な重力と、それに伴う圧力を受けているから、あの容積でまとまっていることができると考えられます。そして、その絶対的な容積に対して働く地球の重力によって完全に地表に張り付けられてしまうため、もはやそれ自体に働いている張力を観測することはできません。
 しかし、そこからちぎれて空中に飛び出した波の飛沫は、空気の抵抗によって歪みはするものの、容積が小さければ小さいほど地球の重力の影響を受けにくくなるため、きれいな球状になろうとします。

 

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 水を弾く葉の上で転がる水の集まりが、自ずと美しい球状になろうとし、その容積が多いほど押し潰されたような形状になるのは、その水の集まり自体の張力と重力、そして、その水の集まりに対する地球の重力の両方が働いていることを示しています。

 

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 水道の蛇口から流れ出た水が、寒天のようにそのままの形を保ったまま流れ落ちるのではなく、直ちに円筒状となり、次第に引きちぎられ、最終的に球状となって落下してゆく様は、張力の働きを抜きにして説明することはできないでしょう。
 それは、一定の圧力によって蛇口から強制的に押し出された水が、直ちに張力に晒され、自由落下に至って地球の重力から解放されることによって、自ずとそうなるのだと考えられます。

 

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 蜘蛛の巣などに付着した夜露の一粒ともなると、そのままほぼ完璧な球状となり、水蒸気の一粒に至っては、大気の密度と殆ど変わらなくなることによって地球の重力から解放され、完璧な球状となって空中を漂っています。

 

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 シャボン玉が、枠の形に関係なく自ずと綺麗な球状になろうとするのも、空気を包み込んだ結束力の強い液体の膜が、あらゆる方向へ引き伸ばそうとされながらも、それに抵抗しているからそうなるのだと考えられます。

 

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 例を挙げれば限がありませんが、私たちの周りが美しい球体で溢れているのは、それが最も抵抗の少ない安定した形状だからという曖昧な理由だけで説明し切ることは、恐らくできないでしょう。
 これまで私たちが表面張力と呼んでいた物理現象を含めて、流動体の集まりが球状になろうとするのは、ここに張力と重力が働いているから自ずとそうなるのだと考えられます。

 また、生物の卵が美しい球状であることも、そこから細胞分裂を繰り返した結果である成体の多くの断面が円形となっていることも、張力と無関係ではないかもしれません。

 物質が自ずとひと塊にまとまろうとするのは、流動体が球状になろうとすることと同じ仕組みによると考えるのが自然なのではないでしょうか。

 そして、この地球を含めた殆どの天体が美しい球状となっているのも、それが流動体であることを示していますが、これについては後にもう少し詳しく触れることとします。

 

3-4:物質の落下や浮上は、張力と重力が均衡を保とうとする働きである

  この地球のように、密度の異なる物質が混在している場合、各々の物質は、地球の重力によって、その密度なりの強さで地球の中心に向かって引き寄せられることとなり(ここでは、ある一定の容積の物質を前提としていないので、「絶対的な容積」ではなく、単に「密度」とします。)、その結果として、各々の物質は、その密度や態様なりの然るべき位置に収まろうとします。

 例えば大気と海水では、密度の高い海水の方がより強く地球に引き寄せられるため、自ずと、地表側に海水、その外側に大気が位置することになります。
 海水が地表に引き寄せられて安定しているとき、その海水には、その密度なりの地球の重力と、同じ強さの地球の張力が同時に働き(正確には、更にその海水の集まり自体の張力と重力が働いていますが、ほぼ完全に地球の重力に凌駕されてしまうため、ここでは触れないこととします。)、また、大気が地表や海水の外側に引き寄せられて安定しているとき、その大気にも同じことが起きています。
 そして、海水と大気の境界では、海水の密度なりの地球の張力と、大気の密度なりの地球の重力がせめぎ合い、常に前者が勝ることによって、一時的に乱されたり混ざり合うことはあっても、最終的に綺麗な海面となって明確に分離されます。

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 そこで、大気よりも格段に密度が高く、海水よりもやや密度の低い300グラムのリンゴを大気中に放つとします。
 そのリンゴは、その密度なりの地球の重力によって大気を押します。これに対して大気は、その密度なりの地球の張力によってリンゴを押し返します。当然、前者が圧倒的に勝るため、リンゴは大気を突き破りながら地球の中心へ向かって移動(落下)し、その重力と張力が釣り合う地表や海面に到達して停止します。

 そのリンゴを海中に放つと、リンゴは、その密度なりの地球の重力によって海水を押し、海水は、その密度なりの地球の張力によってリンゴを押し返します。そして、この場合は後者がやや勝るため、リンゴはゆっくりと海水を掻き分けながら地球の中心と逆の方向へ移動(浮上)し、その重力と張力が釣り合う海面に到達して停止します。

 私達が日常的に目の当たりにしている物質の「落下」や「浮上」という物理現象は、単にその物質自体の「重さ」や「浮力」による働きではなく、主体とする物質と、その周囲を埋め尽くしている物質との密度の違いによって生じる、地球の張力と重力が均衡を保とうとする働きであると言えます。

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 そうなると、私たちが当たり前のように使っている「重さ」という概念も危うくなってきます。

 

3-3:重さとは、極めて限定的な状況下おける一時的な働きでしかない

 例えば、この地表における300グラムというリンゴの「重さ」は、この地表を埋め尽くしている大気の中だから300グラムなのであって、もし大気が無く真空だったとしたら、もう少し重くなるでしょうし、大気の密度がもっと高かったとしたら、もう少し軽くなるはずです。
 更にその「重さ」は海中ではマイナスとなり、月面では約6分の1、木星の表面では2倍以上、そして、地球の重力が殆ど及ばない宇宙空間に放り出されてしまえば完全に無くなってしまうでしょう。

 私たちが「重さ」と呼んでいたものは、それを測定する地球の表面付近における、その物質の絶対的な容積なりの地球の重力と、その周辺を埋め尽くしている大気の密度なりの地球の張力との「差」でしかない訳です。
 それは、その物質固有の普遍的な数値ではなく、極めて限定的な状況下における、外部から与えられた働きに過ぎないということになります。
 さらに、その働きが地球の重力に完全に依存し、この宇宙空間がどのように膨張しているかを確かめることができない以上、それは、あくまでも一時的なものでしかないということになるのではないでしょうか。

 物質の物理的な要素をどこまでも分解してゆくと、最終的に「容積」だけしか残らないのかもしれません。

 そうなると、「質量」という概念は、物質の要素又は性質としてどのように理論的に説明されるのでしょうか。